海外で培った力を、次は日本の地域へ。JICA帰国後、下川町で宿とローカルツアーを始めた大石陽介さん
北海道北部にある下川町。面積の約9割を森林が占めるこの町で、1日1組限定の宿「A-frame cabin iwor」と、町をめぐるローカルツアー「ぐるっとしもかわ」を営む大石陽介さん。
大石さんは、かつて静岡県で小学校教員として働き、現職教員としてJICA海外協力隊に参加。モンゴルの学校で小学校教育に携わった経験を持つ。帰国後、北海道での暮らしを経て、2020年度に下川町の起業型地域おこし協力隊「シモカワベアーズ」として着任。現在は、地域の人や自然、暮らしを外から訪れる人につなぐ仕事を自らつくり、育てている。
海外で培った経験は、なぜ下川町での地域おこしや起業につながったのか。JICA帰国後のキャリアを考える人に向けて、大石さんの歩みを聞いた。
「下川という地域に泊まる」宿をつくりたかった
大石さんが運営する「A-frame cabin iwor」は、1日1組限定の宿だ。一般的なホテルのように、食事やサービスがすべて用意されているわけではない。むしろ大石さんは、宿の外にある下川町全体を楽しんでもらうことを大切にしている。
「基本的に食事は出していません。町内にある飲食店が、自分の宿にとっての食堂のようなイメージです。宿だけに泊まるというより、下川という地域に泊まる。いろんなところに行き、必要があれば町内を案内するツアー付きの宿泊プランもやっています」
訪れる人は20代のカップルから、30代・40代の暮らし方を考える人、北海道を旅する人、インバウンドまでさまざまだ。Googleマップで偶然見つけて訪れる人も増えているという。
宿泊やツアーを通じて大石さんが大切にしているテーマは「気づき」だ。
「何でもあります、という場所ではありません。あるものはあるけれど、ないものはない。でも、便利なものがなくても生活できるんだとか、木ってただ立っているものだと思っていたけど、今日ちょっと木と話せるようになった気がするとか。そういう新しい発見を、滞在の中で持ち帰ってもらえたらうれしいです。」
チェックインの際には、下川町のマップを見ながら町の暮らしやお店、人、森のことを紹介する。宿に使われている木材が町内の木であること、町内の製材所で加工されていること、木酢液や炭づくりの話。ひとつの宿から、下川町の森や産業、暮らしのつながりが見えてくる。
「下川らしさ」を一方的に説明するのではなく、訪れた人の興味に合わせて町を開いていく。それが、大石さんの案内の特徴だ。
宿とツアーのことをもっと詳しく ないものがあるからこそ、自分の仕事はつくれる。下川町で宿とローカルツアーを始めた大石陽介さん 詳しく見る →JICAで学んだ「ないものから始める」力
大石さんがJICA海外協力隊に参加する前は、小学校の教員だった。小中高の教員免許を持つ中で、小学生という「考え方の素地がつくられる時期」に関わりたいと考え、小学校教員の道を選んだ。
海外への関心が強くなったきっかけのひとつは、大学時代に訪れたカンボジアでの経験だった。湖上で働く少年が、観光客とのやり取りの中で英語を身につけ、自分の学校や後輩たちのために支援をしてほしいと呼びかけていた。
「英語を“勉強した”というより、生きるために必要だから、見て、まねして、言ってみて、失敗して、身につけていたんだと思います。これが本当の学びなんだなと感じました」
その後、現職教員としてJICA海外協力隊に参加。派遣先のモンゴルでは、小中高一貫校で小学校教育に関わった。学校は午前・午後の二部制で、規模は約1,600人。大石さんは、算数、図工、理科、学級活動などを中心に、先生たちへの助言や授業づくりを行った。

ただし、赴任してすぐに「アドバイザー」として指導することには慎重だった。
「自分は4年しか教員経験がない。一方で、現地には何年も働いている先生たちがいる。いきなり『こうした方がいい』と言っても受け入れられないと思いました。だから、まずは授業を参観するところから始め、先生方へのポイントをまとめていきました。そして、授業を一度見てもらった方が伝わるのではないかと考え、1か月後には授業を公開。」
教材を印刷するだけでも、日本の学校とは事情が違う。必要なものがすぐには手に入らない。だからこそ、ないものをどう補い、今ある環境で何を試すかを考える必要があった。
「日本では当たり前にあるものが、向こうにはない。だから、ないものから新しいものをつくる。ゼロから1をつくるようなことを、2年間ずっとやっていた感覚があります」

この「ないものから始める力」は、後の下川町での活動にもつながっていく。
帰国後に感じた違和感と、次のフィールド探し
大石さんは現職参加だったため、帰国後は再び教員として職場に戻ることができた。しかし、モンゴルでの経験を経て、日本の教育現場に戻ったとき、これまでとは違う感覚があった。
「モンゴルでは、自分が必要だと思ったことを思う存分やれたのかもしれません。帰ってきてから、日本の教育現場で『この会議の時間、もっと別のことに使えないかな』とか、『本質に迫れているのかな』と感じることがありました」
もちろん、現職参加で行った以上、経験を日本の学校に還元したいという思いもあった。モンゴルで学んだことを伝えたり、学校ぐるみでできる活動を行ったりした。
それでも、一定の還元を終えた後、「次に進んでもいいのではないか」という気持ちが芽生えていった。
「あるものを磨き上げるより、ないところに入って、必要なものをつくっていく方が自分には向いているのかもしれないと思いました」
そこで見えてきたのが、地方での暮らしと地域おこし協力隊という選択肢だった。
下川町を選んだ理由は「人」だった
最初に北海道で活動したのは、下川町ではない地域だった。そこで、地域おこし協力隊として情報発信などに関わる中で、北海道各地の移住や地域づくりの情報に触れるようになる。その中で、下川町の存在が気になり始めた。
最初に下川町を訪れた日は、ホワイトアウトで町の様子もよく見えなかったという。けれど、その後も何度も足を運ぶうちに、下川町の人たちとの関係が少しずつできていった。
印象に残っているのは、数ヶ月の娘を連れて訪れたときのこと。町の人が自然に声をかけ、食事中に子どもを抱っこしてくれた。
「思っていても、なかなかできないことだと思うんです。でも、さらっと声をかけてくれた。その空気感がすごく印象に残りました」
移住前から何度も町を訪れ、さまざまな人と食事をし、話をした。会う人会う人が面白く、何かを始めるときに応援してくれそうな雰囲気があった。
「この人たちとなら、何かを始めたときに応援してもらえそうだし、自分ができることは手伝えそうだと思いました。実際に、今の事業も多くの人に助けてもらって成り立っています」
下川町を選んだ決め手は、制度や条件だけではなかった。「人」との出会いが、大石さんの背中を押した。
地域おこし協力隊は、試しながら形にする時間だった
下川町でのミッションは「起業すること」。いわゆる起業型地域おこし協力隊としての着任だった。
最初の3か月で大切にしたのは、とにかく町を知ることだった。地域のキーパーソンを紹介してもらい、会いに行った先で「次に会うと面白い人はいませんか」と聞き、また紹介してもらう。
着任した2020年は新型コロナウイルスの影響もあり、大勢で集まることが難しい時期だった。けれど大石さんは、それをむしろ前向きに捉えている。
「一気にたくさんの人に会うのではなく、1対1や1対2で深く関われた。結果的に、一人ひとりのことをよく知る時間になりました」
町を歩き、人に会い、話を聞く中で、下川町の人や資源を案内することに価値があるのではないかと感じるようになった。最初はお金を取らずに町を案内し、反応を見るところから始めた。
町内に長く住む人を案内したときも、「農家に行ったのは初めてだった」といった反応があった。外から来た人だけでなく、町に住む人にとっても新しい発見がある。それは、事業化への手応えになった。
一方で、宿の準備も同時に進めた。三角形のキャビンをつくるため、図面、木材の調達、建築、ガラスの手配、移設など、わからないことだらけの中で動いた。
「失敗してもいい期間だと思ってやっていました。協力隊の制度があったからこそ、試せたことは大きかったです」
活動費や一定の収入があることで、家族で暮らしながら事業の準備に取り組むことができた。いきなり独立してすべてを背負うのではなく、地域に入り、関係をつくり、実験しながら事業を育てる。大石さんにとって地域おこし協力隊の期間は、まさに起業への助走期間だった。
宿泊業ではなく、地域と外の人をつなぐ仕事
大石さんの宿は、観光地の宿とは少し違う。
「観光地で宿泊をやると、目的は観光地に行くことで、宿はどこでもよくなってしまうことがある。下川町は観光地ではないからこそ、わざわざここを見つけて、ここに泊まることを目的に来てもらう宿にしたかったんです」
宿に泊まること、町を案内してもらうこと、地域の人や森、暮らしに触れること。そのすべてが体験になる。
現在は、宿泊だけを希望する人もいれば、案内だけを希望する人もいる。両方を組み合わせることで満足度が高まる場合もある。活動を続ける中で、宿とツアーはそれぞれ独立した価値を持つようになっていった。
大石さんは、自分の仕事を単なる宿泊業とは捉えていない。下川町という地域にあるものを、訪れる人の関心に合わせてつなぐ仕事。町の人と外の人が出会うきっかけをつくる仕事。そうした役割を担っている。
JICA経験者だからこそ、地域で活きる力がある
JICAでの経験は、下川町での活動にどう活きているのか。大石さんはまず、「ないものから考える力」を挙げる。
海外では、思い通りにいかないことの連続だった。物も環境も制度も、日本とは違う。だからこそ、今あるものを見て、どうすればできるかを考える必要があった。
もうひとつ大きいのは、人との関係をつくる力だ。
「外から来た人間として、まず相手のことを知る。そして、自分のことも知ってもらう。人として知ってもらわないと始まらないと思います」
海外では、言葉も文化も違う。下川町では言葉は通じるが、地域の歴史や人間関係、暮らし方は外から来た人にはわからない。だからこそ、対話を重ねることが必要になる。

大石さんは、JICA経験者の強みをこう表現する。
「理不尽に強いんじゃないかと思います」
海外では、コピーひとつ、買い物ひとつ、移動ひとつでも思い通りにいかないことがある。そうした経験を重ねることで、想定外のことを受け止める力がつく。
「海外でいろいろ経験してきた人なら、日本の地域に入る一歩は、そこまで重く考えなくてもいいのかもしれません。もっと大変なことをしてきたはずだから」
もちろん、誰にでも簡単なわけではない。地域には地域の難しさがある。だからこそ、応募前には実際に町を訪れ、人に会い、暮らしや空気感を感じることが大切だと話す。
「どんな人が暮らしていて、どんなことをやっているのかは、見に来た方がいいと思います。そこでズレがあるなら他の地域に行った方がいいし、いい感じだなと思えたなら、合うかもしれない」
帰国後の次の一歩に迷う人へ
大石さんにとって下川町は、今では「足がついた場所」になったという。家を建て、家族と暮らし、地域の人との関係の中で仕事を続けている。
海外での経験、教員としての経験、下川町での協力隊活動。ひとつひとつの経験が、今の仕事につながっている。
JICA海外協力隊で培った力は、海外だけで完結するものではない。知らない場所に入り、人と関係をつくり、ないものから考え、まずやってみる。その力は、日本の地域でも確かに求められている。
最後に、JICAから帰国し、次の一歩を考えている人に向けて、大石さんはこう語る。
「海外に行くときの方が、きっと立ち止まったと思うんです。本当に行けるのかなと。それに比べたら、次の一歩は少し軽く踏み出せるんじゃないでしょうか。重く考えすぎず、一歩踏み出してみてもいいと思います」
海外で培った経験を、次は日本の地域で活かす。下川町には、その挑戦を受け止めるフィールドがある。
下川町地域おこし協力隊に関心のある方へ
下川町では、地域に入り、人と関わりながら、自分の経験や関心を地域の仕事につなげていく仲間を求めています。
JICA海外協力隊で培った異文化理解、対人関係力、現場対応力、ゼロから形にする力は、地域おこし協力隊の活動にも活かすことができます。
帰国後のキャリアを考えている方、地域で新しい挑戦をしてみたい方は、ぜひ下川町を訪れ、町の空気や人に触れてみてください。
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